日本の企業経営について考えてみる

ドーナッツ化現象
先日、コンサル関係の仕事をしている人から聞いた話が衝撃だったので少し考えてみたいと思います。その方によると今日本の大企業で経営層の「ドーナッツ化現象」というものが起きているそうです。普通ドーナッツ化現象といえば人口分布が大都市周辺において高くなる現象のことを指しますが、ここでいうドーナッツ化現象とは「企業の舵切りを企業外の人に任せる」ことを揶揄したのだと推測しました。経営層の重要な部分が抜けている=真ん中が抜けているということなのだと思います。
10年ほど前まで日本の製造業は比較的安定した成長を見せていました。家電やパソコン・デジカメなどの市場は大手企業がシェアを占め、定期的に新しいモデルが登場しそのたびに「新しい技術だ!」と日本の消費者にニーズを作るというある種の販売の型ができていました。安定して利益が生まれるという意味では企業に都合のよい販売戦略であり、実現できる販売市場が存在するなら自然な傾向だったとみることもできます。
しかし「新技術」の誕生は発明の一種です。いくら研究開発に企業が投資していても定期的に生み出されるはずもなく、公にこそされていないにしてもかなりの数の企業が
・新技術を小出しにする
・業界では当たり前の手法をあたかも新技術のように宣伝する
といったことが行われていたと思います。(後者に関しては営業の領域であり、何時の時代でも行われていたことです。現在の「AIを使った〜」がそれに当ります)
ところがインターネット環境のインフラ化・ラピッドプロトタイピング(3Dプリンタなど)・計算機パワーの向上などに伴って「既存の枠組みにとらわれない」製品やサービスが生み出されていくと、従来では見向きもしなかったような企業が突如競合会社に変わったり、いわゆるベンチャー企業がその柔軟性と開発速度の早さから大企業に匹敵する存在になるケースが生まれてきました。
大企業のもつパワーというのは高度な技術とブランド力(=信頼性)、既存の市場におけるシェアなどです。まったく違う分野の競合の登場によりその市場を取るために必要な技術がそもそも変わったり、インターネットの普及による新しい市場の開拓や拡大により、ベンチャーの入る隙を許してしまったことになります。大企業のもつ大きな力がそのままシェアにつながる時代ではなくなってきたのです。かつての大企業のライバルは同じ分野の他の企業のみでしたが、今では異分野の企業が加わってきただけにとどまらず、まだ会社に入ってすらないような学生なども含めた起業家精神を持つ世界中の人がライバルになってしまったのです。そうなってしまうと大企業は自然と不利になります。なぜならば「この後の未来はこうなっていくだろう」ということを考える人の数の分母で圧倒的に負けているのです。
一人の天才と多数の凡人はどちらが強いのでしょうか。多数の人はその人の数だけ同時に考えることができ、その人の数だけ多様な視点を持ちます。しかし世の中の大多数の人は今までの人生で自身の根拠としてきた社会的なものさしや、知らず知らずのうちに「当たり前」だとおもっている前提に気づくことができません。また共通言語や電子記録媒体の発達により知識を共有する方法が発達してきても、それらを共同体全てが把握することは相当のコストがかかります。同時に考えることができてもその結果を一つのおおきな成果に組み上げられるとは限らないのです。
天才と凡人のどちらがつよいかの結論はでませんが、ひとつだけ言えることがあります。大企業が生き残る(=他の多数のベンチャーに勝つ)ためにはその組織を動かす主体は「天才」としての働きが求められるということです。一人の凡人と多数の凡人では大企業に勝ち目はありません。前に言ったように大企業の純粋な力は市場の改変期において一時的に弱まりつつ有ります。ならば生き残るためには残った力で戦うか、あるいは「来たるべき未来を間違いなく予測」して新たな市場に向かって行くしかないでしょう。

シリコンバレーの躍進とコンサルの増加の背景
日本では島国ということもあり保守的な文化が形成されていました。その文化の中で育つ人で大多数が構成される日本の企業も確実に利益がでるという評価軸を重んじる傾向がありました。ゲーム機を例に取ると、同じ製品でも高画質・高性能なゲームの方が売れたという事例が上がってくると「ならばどんどん高性能にしてもっと儲けよう」という発想になるのは自然なことです。これが会社の評価になると、先の日本の会社の文化と合わさると新しい提案が受け入れられにくくなります。「そんな提案を実行するより性能を向上させろ、なぜならばこっちの方が儲かる実績があるからだ」と。時代が変わらないことを前提にした主張が受け入れられがちなのです。でもこの意見もあながち間違いではありません。状況を判断するには妥当な根拠が必要です。「性能を向上させていっても売上につながるとはいえない。しかしあなたの意見を取り入れても儲かるとは限らない」のです。
そうして新たな価値軸を模索したり提案できる環境が事実上なくなりノウハウが衰えてきた暁に、学生のグループから出発したGoogleやfacebookといったベンチャーの成功例が認知され始めると大企業も危機感を感じ始めます。そして今やだれもが考えている「これからの世の中はどうかわっていくんだろう」という問題に直面するのです。その時点で企業は凡人から天才に変わる必要性を認識し始めたのです。
企業の取るべき方法はいろいろ考えられます。最先端の技術に向き合っている経営者や専門家にアドバイスを求めにいったり、またコンサルとの契約することで現状を打破しようとするところもあります。こういった流れで「コンサルティング」の需要が増しているのでしょう。企業はかなりの額をコンサルに支払っていますが、企業自身が経営戦略のための部署を立ち上げたり、経営の研究所を維持することと比較すると安上がりになるそうです。

会社の方針を外部にゆだねる企業
コンサルのような外部から経営を動かす人たちが増えたからといって、会社の方針を外部にゆだねているとは言い切れません。最初に述べたように「この先の未来はどうなってくのか」を考える分母が違うという点ですでに不利だという話をしました。

(補足)増えるハッカソン
以前までは「私達が少し改善した新商品を企画して、下請けに技術開発は任せて、5年くらいのスパンで元を取る」といった計画的な方法が通用したものの、時代の変化が激しくなるにつれ「2年後にはもうこの市場はないかもしれない」といった考えが浸透していき、自社で技術を保有することの重要さが増していきます。下請けとやり取りする時間のロスが致命的になり、多少の技術革新では多企業に太刀打ちできなくなってくるからです。そのような傾向も有りいわゆる「ハッカソン」が着目され始めてくるのです。学生ゆえの「なにも知らない」からこそできる突拍子のないアイデアや着想を取り入れようという目的やもあります。